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第65話 平穏を得るために

Author: 霞花怜
last update Last Updated: 2025-07-29 18:00:49

 直桜の隣に座した直日神を眺める。

「直日がここまで干渉するのって、珍しいね。枉津日のため?」

 直日神の神力の導きがあったから、枉津日神は迷わず清人の中に入れた。直桜と護だけだったら、きっとこんなにあっさりとは終わらなかった。

「あのままでは、枉津日が不憫であろうよ。しかし懸念が、ないでもないが……」

 珍しく言い淀む直日神の顔を、じっと見つめる。

「俗世に関わる気はなかったが。反魂儀呪とかいう者どもが執着する気持ちは、わからなくもない。枉津日は神子を成すやもしれぬぞ」

「はっ?」

 思わず力強い疑問符が出てしまった。

「吾らは性を持たぬ神だが、人を介してなら、子を成せる」

「それはつまり、枉津日は清人を恋愛的に好きで、女神に転じて清人の子を孕むかもしれないと?」

 直日神が首を傾げた。

「枉津日神が何故、藤埜の人間から剥がれたか、直桜は経緯を知らぬのだったな」

「まぁ、詳しくはね。その頃まだ俺、産まれてなかったしね。神殺しの話もこっそり聞いた噂だし」

 神殺しの鬼の存在自体が惟神には秘されるのが集落の因習だ。とはいえ、人の口に戸は立てられない。噂とは、いつの間にか広がって耳に入ってしまうものだ。

 神殺しの鬼の話も、藤埜家の事情も、集落に流れる噂程度にしか知らない。

「結論から話せば、清人自身が神子よ。だから、あんなにもあっさりと枉津日を受け入れた。桜谷の童の絡繰りや、吾の導きなど後押しに過ぎぬ」

「え? どういうこと?」

 眉間に思いっきり皺が寄っていると、自分でもわかった。

「先の惟神を、枉津日は大層気に入っておった。同

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